今回は千利休(せんのりきゅう)について解説します。
wikipediaから引用
死を前にしても静かに茶を楽しむ男
お茶のイメージでお馴染みの千利休ってどんな人物
千利休について覚えておくべき事、2つ
1.天下一の茶の名人
2.豊臣秀吉からの切腹命令
1.天下一の茶の名人
2.豊臣秀吉からの切腹命令
1.天下一の茶の名人
時代は安土桃山、豊臣秀吉が天下をとった時、その秀吉に茶の指導をしていたのが千利休だった。千利休は大阪城の大名達よりも権力を持っていたと言われている。茶を飲む文化は室町時代に始まった。庶民の間で広まり、この時代には茶会を開いて楽しんでいた。茶会は戦場で過酷に戦う武士にとっては、リラックスできて癒しにもなる娯楽であった。客を招き、お茶を立てて勧める『茶の湯』の作法を完成させたのが千利休だった。千利休は誰よりも茶の心に通じていて、道具の選び方、茶室の作り方などで多くの人々を感動させていた。
2.豊臣秀吉からの切腹命令
豊臣秀吉に茶の指導をしていた千利休だったが、この2人の茶に対する考え方は異なっていた。秀吉は何事に対しても豪華なことを好み、ついには黄金の茶室までつくった。茶の道具も値段の高い高級品を使っていた。一方、千利休は庶民の間で行われていた質素な『わび茶』と言われる茶の立て方を大切にしていた。道具や茶室も素朴なものを好み静かに安らげる空間を大切にしていた。また2畳ほどの茶室をつくり茶の世界だけに集中できる演出もしていた。戦場で戦う武士の為にリラックスできる空間を造っていた。
しかし突然に事件が起こった。1591年豊臣秀吉が千利休に切腹を命じた。多くの人々がこれに反対したが千利休は受け入れた。そして京都の屋敷で自ら命をたった。死を前にした最後の時、静かにお茶を楽しんだと言われている。豊臣秀吉が切腹を命じた理由は、茶の湯についての考え方の相違、利休が偉い人が通る門に木で作った自分の像を置いた、茶の道具を売って儲けていたのが気に入らなかったなど諸説あり現在の所は解っていない。
これで千利休について覚えておくべき事2つを終わります。
心をリラックスさせ静まる時間を作ることの大切さが分かりました。
心をリラックスさせ静まる時間を作ることの大切さが分かりました。
今回は千利休の事を凝縮してお伝えしました。
そのほかにも沢山の出来事や人物が関わっていますので興味のある方は調べてみて下さい。
以上、参考になれば嬉しいです。
ありがとうございました。